大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(う)2792号 判決

被告人 松永一夫

〔抄 録〕

論旨第一点について。

原判決挙示の各証拠を綜合すると、被告人は自動車運転者であつて、昭和二十八年六月十一日午後六時頃駐留軍特殊自動車(けん引用自動車)第九九八四号を運転し、かつその後尾に軍用貨物自動車第四七三四〇一六号をうしろ向きとし、鉄棒で貨物自動車の後車輪を吊り上げて連絡し、これをけん引して時速二十五粁で東京都新宿区戸塚町二丁目道路上を早稲田方面に向つて進行していたこと、被けん引車には自動車運転者橋本恒市が乗車し、その把手を動揺しないように押えていたが、被けん引車がうしろ向きに連結されているので、橋本も亦進行方向とは反対側を向いて乗車していたこと、けん引車の長さが約七米、被けん引車も五、六米もあるし、その連結のための間隔を含めその全長は約十三、四米に達するものであつたことが認められると共に、被告人がこのようにしてけん引自動車を運転し前記戸塚町二丁目二百番地先道路(その車道のみの幅員約十四米九十)上で前方三十米の左側に乗用自動車が駐車しており、その手前を小林一男が自転車に乗つて被告人と同一方向に進行中であるのを認めたが、そのまま運転を継続する中、小林に於て右駐車中の自動車を避けるため稍進路を右にとつたので、同人の右側を追い越そうとした被告人の運転するけん引車と僅か一尺位しか離れていなかつたものであり、更に被けん引車が小林と並行し同人を追い越そうとした瞬間、被けん引車内で後方を向き把手を押えていた橋本恒市が小林を目撃するやその余りに被けん引車に接近しているのに狼狽し同人と衝突しはしないかと思い突さの間同人を避けるため把手を左に切つたので、後ろ向に進行中の被けん引車は逆に小林の方に屈曲し、その前部車輪附近で自転車に激突し、小林をして路上に顛倒させよつて同人の右膝関節部等に全治二週間を要する打撲傷を負はしめたことが認められる。従つて本件事故は橋本恒市が被けん引車の操向を誤つたことが有力な原因となつて発生したものであることは所論のとおりである。しかし自動車運転者たる者が前方の自転車乗りを追い越そうとするに当つては予め危険の発生を防止するに足る十分な間隔を保つて進行すべきことはいうまでもないところであり、本件のように現に被告人の自動車で故障車をけん引しており、その全長が著るしく巨大な場合には、その後尾が完全に自転車を追い越すまでにはいかなる不測のことが発生するかも判らないから特に周到な注意を必要とするわけである。而して被告人は前記のとおり、道路前方左側に駐車中の自動車とその手前を進行している小林の自転車とを認めていたのであるから、小林が駐車中の自動車を避けるために更に右方に進路を転じ、被告人の進行方向に近づいてくるかも判らないことを当然予測できたものといわねばならない。従つて被告人が本件当時実際に運転していたよりももつと右側に寄り、道路中央線附近を進行し、小林との間隔を十分開いて同人を追い越すようにすれば、本件事故の発生を未然に防ぎ得たであろうと認められるし、原審検証調書並びに被告人の検察官に対する供述調書によれば、当時被告人の運転する車は道路中央線までなお一米の余地が存していたと認められるから被告人が道路中央に寄つた進路を選んで進行することは決して不可能ではないし、自動車運転者としては当然そのとおりに為す義務があるというべきである。然るに被告人が小林との間隔を十分とることなく同人の右側僅か一尺の地点を通過したがため本件事故の発生をみたものであり、被告人に上記過失の存することは原判示のとおりである。なるほど原判決が罪となる事実として引用する起訴状記載の公訴事実は、単に「被告人が小林の運転する自転車との間に十分な間隔をとらず追い越したため、被けん引車の後部が自転車に並行した際、遇々駐車中の乗用車とも右自転車を挾んで並行する結果となり右自転車との間隔が狭くなり、遂に被けん引車の前車輪を自転車に接触し小林を路上に顛倒させ」というのみで、被けん引車内の橋本恒市の挙動について触れるところがない。又けん引車の幅が二米五十で被けん引車の幅はこれより狭く二米三十しかないし、殊にその前車輪部はタイヤ一本分だけ狭くなつていて、本件のようにこの両車を連続けん引するときは、最後尾に行くほど幅が狭くなつていることは所論のとおりである。しかしけん引車の幅が右程度に違つていることから、被告人の運転方法によつてはその後尾が小林の自転車を追い越すまで危険の発生を防止するに十分な間隔があつたものと断定し難いのみならず、寧ろ被けん引車内で後方を向き把手を押えていた橋本にとつては突然その側らを被けん引車に接近し同一方向を自転車で走つている小林の姿を目撃し、同人と衝突するかも判らないと思つて狼狽し、その結果把手を逆に切り、却つて車体を小林の方に近づけるに至り、同人と衝突したこと前認定どおりで、被告人がもつと中央部に寄つて運転しておれば小林との間隔は当然広くなるし、従つて被けん引車にいた橋本が小林の姿を認めても狼狽して同人を避ける要もなかつたこと明白な事実であるから、橋本が被けん引車の操向を誤つたのも被告人が小林の自転車に余りに接近したまま同人の右方一尺位のところを通過した過失に基くものというべきである。してみれば仮に橋本恒市が狼狽の余りとはいえ自動車の把手を逆に切るという自動車運転者としてあるまじきことであり、同人にも過失が存するとしても、被告人に過失ありというべく原判示は簡略に過ぎ妥当でないが、被告人の前記過失の存する旨判示している事は実験則の違反ではないし、事実の誤認ともいえない。論旨はそれ故理由がない。

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